2014年11月30日日曜日

たまには外房

肉厚1枚で充分。脂のりのり。
2014年11月30日(日)釣行 小潮
長福丸 1号船 左舷トモ1番(左2、右5)
5:00出港 11:30納竿 11:45帰港
大原沖 水深15-20m 波1.5m
曇り時々晴れ 北東の風8-3m

ヒラメ 3匹 30-53cm
イナダ 1匹 45cm

今シーズンはヒラメ釣行が少ない。リクエストがなくなったから、外房まで足を延ばすがおっくうになった。金曜は札幌に日帰り出張で深夜帰宅。土曜に掃除・洗濯・アイロン掛け・犬の世話などを済ませ、焼香しているとふと「ヒラメにしぃ」と言われた気がした。長福丸の割引が30日までなのでちょうど良い。

うねりが結構ある。暗いうちに釣ってしまいたいと手持ちで波を交わしていると、ゴツゴツと懐かしい手応え。じっくりと引き込むのを待ってアワセ。グイグイとした引きは50cm超の良型。これ1枚で充分だ。あとは置き竿でのんびり。なぜか置き竿にはソゲが喰ってくる。ワカシも。倍以上あるワラサとのやり取りを楽しんだのだが、抜き上げようとして海面バラシ。もう2-3匹、良い手応えのヒラメらしきアタリがあったのだが、喰いこまなかったり、巻き上げバラシにしたり。なぜか悔しくならず、ニコニコしながらのんびり次を待つ。こんな釣りも悪くない。

船中2-4枚と低調だったが、いずれまた来よう。圏央道が市原まで伸びて、行きが1.5時間、帰りが2時間でいける。朝も早いが帰りも早いので楽だ。

アルファタックル船インナー270 + シマノフォースマスター2000 PE3号
錘80号 幹1m 枝80cm 捨て50cm 水中ライト 濁り潮に効いたかな







2014年11月24日月曜日

手合せや間合い

10杯以下だとザルのままで
色合いは良い。
スルメは別けないとヤリを噛む。
2014年11月23日(日)釣行
喜平治丸 8号船 左舷トモ3番(左6、右7)
7:00出港 14:10納竿 15:00帰港
洲崎沖 水深160-200m 波1m
晴れ 北の風5-7m

ヤリイカ 8匹 胴長20-30cm
スルメイカ 1匹 胴長30cm

駿河湾でのヤリイカを断念したが、タックルが準備されたままなので、地元相模湾へ。今シーズンは初島沖で60杯以上の好釣果をあげた。今はトップで20杯代の低調になっている。城ケ島沖、洲崎沖、沖の瀬等東部でもトップで20杯代で好調というほどではない。トップ20杯代ならスゾは1桁だ。真鶴、小田原、茅ヶ崎、長井、剣崎各港とも好不調に大差がない。食すには10杯もあれば充分と剣崎へ。

小さいのを水深200m近くから引き上げるのは至難だ。波がないので直結で始めた。アタリを取ってノリも確認できるのだが、4流しで1匹しか取り込めない。他はすべて巻き上げ中にバラす。こりゃあダメだとブランコに交換。今度はアタリそのものがとりにくくなった。この水深でブランコでは相当集中していないとアタリがとれない。ようやく乗せたらオマツリバラシが二度、三度。どうも今日は手が合わないというのか、間が合わないというのか。こういう日もあるものだ。風はあるが晴れて暖かく、洋上からのんびり丘を眺めてくつろぐ。中盤には探索時間が長くなり、終盤に入っても、スルメ混じりの5匹と低迷。食す分にはもう十分なのだが、何とかツ抜けしたい。

納竿10分前、あと1-2流しだろうと集中。ダブル、シングル、シングルと大型の手応えを楽しみ、ツ抜けまで後1杯に迫る。ようやく手が合ってきた感じだ。最終投。160mの底からヤリイカのシグナルを捉えて巻き上げ。にんまりしながら巻き上げ。残り50m程か、ブンッと竿先が揺れてバラシ。ツ抜けならずで天を仰ぎながら納竿。船中2艘で4-26。この状況でもうまい人は釣る。古い仕掛けを使い回したので、ハリスがヨレたり白濁したりでノリが悪かったように思う。手を入れて、次回渋い中でどれほど乗せられるか、楽しむことにしよう。

シマノBJSヤリイカノリ調子165+B + フォースマスター2000 PE3号
錘120号、ヨリトリリング(小を遠州灘高切れでなくしたので大使用) 中錘試すも効果疑問
11cm直結8本針、11cmブランコ7本針 

2014年11月21日金曜日

立寄りに小さな幸

日の出に代えて朝焼け
19日は福田港釣行後、御前崎に移動、民宿に泊まる。翌20日に御前崎から出港する石花海でのヤリイカかマダイにデビューしようとの思惑だった。だがアカムツ釣り前半のうねりに思った以上に疲労しており、連釣を断念。案の定、21時には寝たのだが、5時まで熟睡。これでは船に乗れなかったろう。予報も外れて、気温低く小雨も降りだしたので釣行回避は正解だったろう。一人だと直前の体調や天候により臨機応変に対応できるのが良い。

御前崎から遠州灘を望む
夜中に二度ほどテレビに起こされる。操作していないのだが、勝手にONになるのだ。タイマーがセットされているわけでもないのに、お上がなせるのかお化けテレビだ。二度目はコンセントそのものを外して問題解消。それでも映るとまさにオカルトだ。夕食も朝食も美味くはないし、(指摘して事なきを得たが)請求はネット予約時よりも水増しされているし、この民宿は今回の宿泊中最悪、二度と使わないだろう。
見にくいが沖には船団が

御前崎には一度ツーリング仲間と着たはずなのだが、どこかの高速を走っていたシーン以外、記憶がない。30年近く前の事なのでしょうがない。この仲間はとにかく走ることが目的だったので、単に通り過ぎたのだろう。朝飯前に御前崎灯台近辺を散策する。曇りで日の出も富士も拝めなかったが、眺望は良い。すぐ目の前に何を狙っているのか、遊漁船が30艘ほど船団を形成していた。

見応えある小山城
帰路、東名高速に向かう途中で、城を見つけたので立ち寄る。吉田町にある小山城だ。信玄が遠江侵攻への拠点としていた小城だが、三重の堀や隠し馬廻りなどなかなか見応えがある。天然記念物の巨大ソテツや、展示されていた鎧兜の大きさにも、他にはない見ものだった。この城でも、天守閣からは360度見渡せ、家康が20年近くも奪還を果たせなかったのもうなずける。

大きな信玄の甲冑に迫力
東名で由比を通過するたびに一度訪れてみたいと思っていた峠がある。薩埵峠というらしい。安藤広重が東海道五十三次で描いていることで有名だ。雄大な富士が雲に隠れて絵のようにはいかなかったがここからの眺望はなるほど良い。由比方面へ向かうと旧東海道の街並みにも風情がある。

富士が不足の安藤広重
渋滞を避けて午後1時半には帰宅。5泊6日の気ままな愛知・静岡の旅を終えた。犬どもがかしましい。洗濯しながら、釣具の清掃がてら入浴を済ませ、アカムツを捌く。炙り刺身と塩焼きを仏前に供えて無事を感謝。天気にも恵まれた。雨は最終日のみ、それも運転中だけで、立ち寄り中は傘要らずだった。各地の写真を眺めながら、アカムツを肴に土産の地酒に酔う。なかなか連休はとれないが、2泊で釣行と観光を兼ねた一人旅ならできそうだ。また行こう。

2014年11月20日木曜日

食うも食わぬも仕掛け次第

遠州灘のムツは赤も黒もデカい
2014年11月19日(木)釣行 中潮
福徳丸 左舷ミヨシ1番(左2、右1)
6:00出港、13:30納竿、14:00帰港
天竜川河口沖 水深170ー250m 波2.5ー1m
曇りのち晴れ

アカムツ 4匹 35-40cm
クロムツ 1匹 50cm

昨夜は浜松のビジネスホテルに宿泊。食事付きで値段の割に立派な夕食で満足。静岡県下で拡大しているらしい。浜松にしたのは、福田港に近いから。3日も観光すると飽きるだろうの予想通り、釣りがしたくなった。

福徳丸は周年アカムツで出船しているが、ピークは7ー9月だと言う。この日はタチウオとのリレーを希望の先約2人に相乗りさせてもらう。前半クロムツを1匹取り込んだが、前回よりもアタリが少ない。トモの二人はポツリポツリと2ー3匹釣っている様子。駆け下がり駆け上がりのポイントを流しており、水深が50mほども変化する。底から10mほどのタナを上手くさぐれていない。なんとか1匹を取り込んだところで、タチウオに移動。船長も待っていてくれたのだろう。

4-5流しほどタチウオを探るが、船中顔見ずでまた赤ムツに戻る。今日は1匹だけかなと諦めかけた終盤、仕掛けに工夫を凝らして試してみることに。浜松市内の釣具屋で購入した3本針仕掛けに、タコベイトやマシュマロボールを付けてアピール度と浮力を増してみたものだ。直後の2投でダブル、シングルと3匹追釣!これには驚いた。ちょっとした仕掛けの工夫で、それまで全くと言っていいほど喰ってこなかったアカムツが喰うようになる。誘いは底上2mでしばし待ち、ゆっくりと10m上までタダ巻きするだけで、それまでとかえていない。船中4-5。

風はそう強くないが、前半ウネリが残っており、立っているのも難しかったが、帰りには凪になった。丘の観光も悪くはないが、やはり海から丘を眺めながらどう魚に喰わせるかと楽しむほうが良い。

ダイワ中深場H205 + シマノフォースマスター2000 PE3号
天秤50cm 錘200号 3-4.5m2-3本針吹き流し仕掛け
ヨリトリリング入れてみたが効果ありそう。…高切れでロスト。 

2014年11月18日火曜日

長篠・設楽原


伊良湖から伊勢へとフェリーが出る
昨夜は伊良湖に宿泊。濃尾半島の先端だ。岡崎からすぐだと思っていたが、この半島なかなか長い。場所柄リゾートホテルにしたが、一人でも違和感がない。思えばプライベートな旅行で一人なのは(釣行を除き)初めてかもしれない。いつも愛し愛される人と一緒だった。寂しさと気遣い無用の気楽さとが交錯するが、一人旅も良いものだ。

設楽原に直行。歴史資料館は定休日だが、古戦場を見て回る。復元された馬防柵や信玄塚
左に丘、右に小川。武田騎馬隊が
撃たれていく
に戦死者の多さを思う。小高い山々に囲まれた小川を挟んだ細長い平地での激戦だ。陣取りから、家康が不審を募らす信長に対してこの戦いで信用回復を企図していたことがわかる。発端となった長篠は今も高い崖が残る天然の要害だ。籠城戦になったのも頷ける。鳥居強右衛門の磔に至る伝説が日本人好みである。それにしても、信玄ゆかりの名将をことごとく戦死させた勝頼の具凡さが目立つ。桶狭間と異なり、信長は新たな鉄砲戦術を胸にこの戦には自信満々だったろう。
鳥居の磔場所は後ろの新東名
建設に伴い移動されていた

城も見飽きたので、予定していた浜松城は止める。代わりに道中で見つけた竜ヶ岩洞という洞窟を見学。秋芳洞ほど大規模ではないが、
洞内は通年18度
それなりに長い自然の力を感じさせる。80年代初めに苦労して発見・開発したらしく、公開されてまだ20年程だ。様々な形状の岩や洞内滝を写真に撮りながら、ふと洞窟好きだったお上を思い出す。帰宅したら何時ぞや行った富士の洞窟写真を供えてやろう。

2014年11月17日月曜日

桶狭間

住宅街から突然現れる
清洲城
名古屋駅からほど近い旅館に宿泊。旅館も仲居も綺麗で料理もうまく満足。朝から清洲城へ。月曜は休み。入れなかったが時間短縮にちょうど良い。整備された公園で信長と濃姫の像を眺める。終わりに侵入する今川義元に現代伝えられるほど信長が自信を持っていたわけではあるまい。出陣時には高ぶっていたはずだ。日吉神社に立ち寄って、名古屋城へ。

復旧進む名古屋城の本丸御殿
名古屋城は博物館だ。戦時に空襲で建屋が全て炎上したらしい。天守閣は再建し、各フロアは原形を留めず、展示物で埋め尽くされている。1フロアで「天下人への道」なる期間限定の展示。信長、秀吉、家康の動静を年代順に伝える。じっくり魅入ってしまったが、通説を覆す近年の説も取り込んでいる。桶狭間の合戦では、迂回して崖を駆け下りて急襲したのではなく、正面から東海道を東進した結果、偶然義元本陣に出くわしたというものだ。義元の先陣がすでに丸根・鷲尾砦を陥落していたことを考えれば、それなりの説得力がある。本丸御殿も一部公開されている他、金具を使わない木材の切り出しや組立も見学できるのが良い。

義元の墓
熱田神宮。絶望的状況の信長もやはりかみだのみだったということか。それにしても広い。桶狭間の古戦場跡はわずか30m四方ほどの小さな公園だ。場所には諸説あるが、義元最後の碑や墓石が所狭しと並ぶ。2桁違いの圧倒的兵力を持ちながら破れた義元の無念と、雷雨や本陣に一直線に出くわした強運とはいえ破った信長の高揚とを同時に偲ぶ。今川についていた家康が難なく手に入れた岡崎城も見て回るが、江戸期以降の説明が多く、あまり興味が惹かれなかった。

2014年11月16日日曜日

小牧・長久手

現存最古の国宝犬山城
大阪と東京を行き来することが多いが、道中にある愛知には新幹線や東名・名神を通り過ぎるだけだった。史跡の宝庫、愛知を縦断する。金曜の深酒で二日酔い気味だったが、土曜朝のお隣Aさんの告別式に参列し、その日のうちに美濃加茂に移動、渋滞なく5時間弱で着いた。閑散とした駅前が帰って落ち着かせ、女将だけの小さな小料理屋で晩酌を楽しむ。

犬山城天守から木曽川・岐阜を望む
16日日曜、小牧・長久手の戦いに関する史跡を辿る。岐阜との県境にある犬山城を皮切りに、小牧、長久手と南下する。犬山城は日本最古の現存城で国宝。補修されているとはいえ、400年以上前の当時さながらの太い柱や急峻な階段に感心する。秀吉が、信雄・家康軍と対峙すべく入った頃を思う。天守からは360度見渡せ、小牧山と並び、北部・中部の要衝であったことが体感できる。濃尾平野は広い。小口城址を始め、青塚・楽田・久保山・小松寺などかなりマニアックな砦を点々と見て回る。岩崎山や二重堀の砦は、小牧山に近く、秀吉がいかに迅速に小牧山の家康に迫ったかがわかる。こののち長久手で大敗するとは思いもしなかったろう。

小牧山から南方を望む。平野を
見渡せるので信長が城を
建てたのも納得。

犬山城から小牧城までは近い。小牧城から長久手の古戦場までは遠い。車なので早いが、往時この道のりを馬や歩行で家康は池田恒興を追ったのかと思うとぞっとする。池田親子も森長可もこの地で戦死したのだが、その史跡はすぐ近くにあり、当時こ一帯でいかに激しい戦闘が繰り広げられたかを忍ばせる。その刀剣を洗ったという血の池公園では、池があったであろう窪地で乳幼児が健気に遊んでいる。激戦の跡が点在するこの一帯は今や閑静な住宅街だ。信長が建てた小牧城跡でランニングする高校球児の姿と合わせ、平和な世に感謝しつつ、いずれの時代に生まれたほうが面白かったかと不謹慎な事を考えたりもする。

2014年11月9日日曜日

竿先の微かな魚信

しばらくご無沙汰の久里浜沖でマダイが数釣れている。土曜に行くつもりで平日にタックル準備を済ませていた。金曜になって10年以上ご無沙汰な同僚H夫妻とMさんから🍺のお誘い。即決快諾。「来るを拒まず、来ざるを問わず」ポリシーの一節だ。飲みに行っても土曜に家事、仏事を済ませて日曜釣行すればよい。ここまでは良かった。ところが、金曜夕刻になって、土曜の出勤が決まる。出勤するまでもないのだが、請われればしかたない、それもポリシーの内だ。結局、土曜は出勤、今日日曜は月命日(前だが)墓参や家事をこなしつつ、一週間後に迫った旅行計画や予約・手配に忙しい。2週続けて無釣行に。

金曜の🍻には2時間遅れで参入したのだが、昔話や近況にとても楽しい一時に。下北沢の店も含めてありがたい方々だ。遅れた分だけさほど酒量をこなした訳でもないのに、余程嬉しかったのか、仕事に疲弊した反動か、帰りの電車で熟睡、三駅ほど降り過ごす…😰な気分になっても不思議ではないのだが、実際にはなぜか😀な気分。失くしてわかるものだが、竿先のかすかな魚信同様、本当の幸せは些細なことの中にある。

2014年11月3日月曜日

釣りを休んで

3連休。少なくとも1回、多い時には2回釣行するところだ。今回は止めた。仕事が込み入っていて精神的に疲れ気味な上に、金曜の福岡出張深夜帰宅で身体的にもくたびれた。1日土曜は珍しく昼寝しないと体がもたなかった。天候が回復した2日日曜にも釣行する気になれなかった。家事や仏事をこなしながらのんびり過ごす。

釣行をやめた理由がもう2つある。1つは株式や投資信託のお勉強。アルコールやパチンコ依存症の被害には物理的、精神的なものも相当にあるが、経済的なものが深刻だ。お上の死は胸が張り裂けんばかりの悲しさだが、資産を失くし負債ばかり増やす肩の荷は1つ降りた。失くした老後資金もボチボチと再構築せねばならないが、残された時間は長くない。貯蓄では追いつかないので、投資にかけようと思うのだが、これが複雑で難しい。釣りに行ってはなかなかお勉強が進まない。

もう1つは休暇計画。勤続30周年の休暇を取らねばならない。欧米のように2〜3週間もあれば、何も考えずにリゾート地に行ってからのんびりバカンスを楽しめば良い。だが、1週間というのがいかにも日本的な中途半端さで、ある程度予定を考えておかないと無意味に時間を消費してしまう。港を巡って釣り三昧にするかとも思ったのだが、複数の乗合の予約やら、異なるタックルの準備やらが面倒な上に、天候次第では何時ぞやの完全素泊り状態になるかもしれない。以前から気になっていた史跡巡りをメインとし、時間が余れば船に飛び乗ろう。タックルと仕掛けはフルレンタルするとして、ウェアと長靴、クーラーボックスだけ積んでおけば良い。お上は今年の港巡りを楽しみにしていたのだがしょうがない。奴の嫌いだった史跡巡りを楽しもう。iPadの車載用ホルダーも取り付けて一人悦に入る。