2016年4月11日月曜日

墓参ツアー

車体への映り込み維持したい
隣接アウトレットに
上さんと来たな…
4月9-10日の週末は墓参ツアー。
朝からクルマを洗って清め、まず上さんと親父の墓参り。毎月月命日前に墓参して雨風でついた砂埃を落とす。二人はあの世で酒を飲み交わしているだろう。霊園事務所前の桜を背景に車撮影。

朝風呂に入って急ぎ羽田へ。出張で使う電車よりもクルマのほうがはるかに楽だし早い。早い時期に予約したからか高級ホテルとJAL往復で38000円。往復新幹線代より安い。関西空港へは初めて。和歌山を回り込んで着陸する際、島周辺の船をみて釣りに行きたくなった。もともと関東の漁法の多くは和歌山から移り住んで発展したものだという。いずれ和歌山釣行も考えよう。友Mが亡くなってもう5年。霊園に隣接する広大な大泉公園の桜が平和でのどかだ。親父はともかく、上さんとは存分に飲んでくれと頼む。格安チケットのためフライト変更できず、今年は皆に遅れて一人での墓参になった。気ままな一人旅にもこの2年でずいぶん慣れた。高層ホテルからの夜景は一人ではもったいないが、少し近くなった天に向かって三人の冥福を祈って乾杯。写真はまとめて大阪墓参りに。

真田信繁(幸村)最期の地
翌10日の午前を使って玉造に上る。真田ゆかりの地を弾丸巡り。大阪城に通じる地下道があったという三光神社、信繁の墓が、なぜか時代を経て龍馬暗殺の二人の墓とともにある心眼寺、信繁が戦勝祈願した鎌八幡。それら真田丸のなごりの地は今年末に向けて賑わうことだろう。歩くとわかるがこれらはいずれも高台になっている。太古の昔上町台地は南北に伸びる半島で、その北端に位置する大阪城は北も東も西もかつて海だった低地だ。三方を川や水掘りで固めた大阪城。唯一空堀しかない南側に徳川が殺到すると読んだ信繁は昌幸譲りの戦略家だ。上田で二度、冬の陣でも煮え湯を飲まされ、夏の陣では戦死も覚悟するほど追いつめられた家康には、この親子ほど憎々しい存在はなかったろう。その反動からか落城を聞いて勝鬨をあげたという茶臼山へ下る。道明寺の激戦から茶臼山に引き上げ、三度の突撃で家康を追いつけたが数で反撃された信繁は、茶臼山からわずかな距離にある安居神社で休息中斬られた。今回この地でだけ胸がざわついた。写真はまとめて大阪真田めぐりに。

アートな山門は珍しい
茶臼山を出ると何やら人出が多い寺に入り込んだ。一心寺という浄土寺だ。巨大な本堂とアートな門が興味深い。天王寺通天閣は目と鼻の先。大阪生まれだが北部なので通天閣を見たことがない。時間がないが寄ってみた。喫茶店やら、名物の串揚げやらたこ焼きやら、もっと言えばいかにも場末な連れ込み宿やら、なるほどこの界隈には昭和臭さが色濃く残っている。写真はまとめて通天閣と一心寺に。そういえば夕食はお好み焼き、昼食はたこ焼きと、ついついこの地に来ると昭和の粉物を選んでしまう。通天閣にも、対照的に新しいハルカスにも登れなかったので、またいずれかの楽しみにしておこう。