2016年9月19日月曜日

埼玉山間の高麗

満開までもう少し
今年のシルバーウィークは日並びが悪い。3連休と飛び石の木曜休み。昨年はどうだったか。5連休だ。何していたのだろうとブログを振り返ってみる。次男K一家の引越後に残されたゴミ山の処分と掃除に明け暮れていた。そうか、あれからもう一年。早いものだ。なんだかんだと自活の道を歩んでいるようなので良いことだ。

白い彼岸花は珍しいと思う
3連休しかない上に月曜を仕事にするのを金曜夕刻に決められるのだからたまらない。波崎のアカムツ、外川のヒラメのいずれかまたは連釣をするか、相模湾のマグロまたはヤリイカにするか。と思案していたが、普通の週末と変わらぬ二日の休みで、一日は眼科診察と散髪と家事に追われるとなると、遠征も大物も準備や片付けも含めて難しい。釣行はいずれもキャンセル…。

これは日本の神社
ではまず見ない
その点ドライブは思い立った時に、限られた時間で好きなところに出向ける気楽さが良い。近場埼玉の巾着田という所までドライブ。500万本の曼珠沙華という花が咲き始めた。マンジュシャゲと言われてもわからないが、彼岸花と聞くとわかる。1週間ほどしか見所がないらしい。まだ3分咲きだったがそれなりに綺麗だ。飛び石連休の頃が満開で見応えがあるだろう。

高麗の間に小さく句が入っている
近くにある高麗神社にも寄ってみた。日本の一般的な神社とは建物や雰囲気が明らかに異なる。西暦668年に滅びた高句麗からこの地に入植した王と1799人からなる高麗人を、716年に大和朝廷が高麗郡として認定したらしい。日本海側の各地ではなく、なぜ埼玉の山深いこの地なのか。

未開の地に追われたのかもしれない。だが、当時から朝鮮と日本には相互に交流があり、大和人は高麗人を受け入れる度量をもっていた証ではある。それからちょうど1300年。かの地の為政者は核開発を進め、それを搭載しうるミサイルを日本の排他的経済水域にぶっ放している。1300年前に難を逃れて日本に入り、後に神となった高句麗の王も頭を抱えて嘆いていよう。