2014年4月19日土曜日

百か日

2014年4月19日(土)
百か日。ばあばから送られた好きだった菓子を供える。早くもみすぼらしくなった桜から献花も入れ替え。朝から一人で焼香、読経。坊主は呼ばず、夕刻には次男Kと共に読経。先週釣り上げたマダイを好きだった塩焼きにして供えてやろう。仏壇に並べた写真に納まる実の親父や俺の親父とも飲み交わしているだろうか。

卒哭忌とも言うらしい。字のごとく、慟哭つまり泣き叫ぶことを終える頃、という意味だとか。なるほど、思い起こしたり懐かしんだりすることは少なからずあるが、もう悲しみに泣き暮れることはない。先輩Mさんが諭したように、仏事は良く整備されたシステムだと改めて感心する。

墓を検討する。お袋は親父の墓を結局建てないままにしている。送った墓代は何に化けたのか、今となってはどうでもよい。建てていたとしても遠くてなかなか参れないし、守る墓がないのは却って気楽だ。親父を慕っていた上さんだが、墓に一緒に入ろうとはしなかったろう。生まれ故郷には立派な墓があるのだが、震災後に墓参りに誘っても拒んでいた。複雑な事情の田舎の墓に戻ろうともしなかったろう。

生前の想定は俺が先に死ぬことだった。葬儀不要、焼くだけにして好きな海に散骨してくれ、とよく話していた。逆は俺も上さんも想像だにしなかった。今は骨壺一つなので小さな仏壇の下に安置してある。俺が死んで骨壺が二つとなると、さすがに子供たちも処分に困るだろう。子供らのいずれかが墓を守れるのであれば、この際自分の墓を建てておこう。上さんには先に入っておいてもらえばよい。上さんはこの家がお気に入りだったし、子供たちも遠方に移りそうな気配もない。幸い近辺には霊園墓地が少なからずあり、それらなら墓参りにも不便はなさそうだ。いくつか見に行ってみるとしよう。