2014年1月25日土曜日

ありがたき人々

19日(日)学生時代からの友人FとNが焼香に。わざわざ関西から来てくれた。Fは奥さんも連れて。なぜすぐに知らせなかったかと責められる。バアバや義兄のケアで相手ができないこと、平日に遠くまで足を運ばせるのが忍びないことから連絡を遅らせた。それでも来てくれて久しぶりにあれこれ語らう。ありがたい。上さんも結婚前から知る間柄なので喜んだろう。

22日(水)バアバの旦那の葬儀。17日(土)の夕刻関西に帰ったバアバから電話があった。留守中に旦那が亡くなっていると。後添えとして乞われて入籍してかれこれ10年以上か。不幸は続くと言うが、娘と伴侶とを連続して失うとは、バアバにはあまりに悲劇だ。故人には関西へ出向いた時に良く世話になったこともあり会葬する。旦那の息子夫婦らに煙たがられていたようだったので、孤立化したバアバが心配だ。息子夫婦に姿をみせて、バアバが穏やかに暮らせるよう配慮を頼む。落ち着いて暮らせるようになるか予断を許さない。海外出張をキャンセル。上司や同僚、部下の理解と協力に頭を下げる。

23日(木)先輩Mさんと会食。上さんともども沖縄旅行の世話になった。仏事をやれと説教を受ける。俺も上さんも無宗教・無信仰で生きてきた。死ねば無だと伴に考えていた。「上さんは坊主に金をかけるぐらいならうまいもんを喰うタイプだった。お経を望んでいるとは思えぬ」と問う。「お経なんざぁ、自分で読め。周期的に声を出すことで徐々に落ち着いてくるもんだ」と説く。故人を弔うことで遺族の気持ちが整理される優れたシステムだと。伴侶の死後二年経っても引きずっている兄弟がいるという。俺の性格や流儀も見抜いていて、俺がその兄弟のようになってしまうのではないかと心配してくれたらしい。ありがたい人だ。仏事をしなくても、俺は気持ちの整理をつけられると思う。だが子供たちもそうできるかが心配になってきた。もし死後の世界があって仏事をしないことで上さんが苦しんでいるとすれば、看過できないとも思えてきた。戒名・位牌や小さな仏壇も準備し、自分でお経を読んでみるか。

24日(金)先輩Kさんと会食。北米駐在時代から家族ぐるみのつきあい。入社以来やんちゃな俺と対照的に屈託なく人懐っこい上さんとをかわいがってくれてきた。多忙を割いて飲みに連れて行ってくれた。キャンプの思い出話など往時を偲びながら泥酔。これまで2-3時間しか眠れなかったが、始めて5時間以上熟睡できてすっきりした。感謝。