2014年11月17日月曜日

桶狭間

住宅街から突然現れる
清洲城
名古屋駅からほど近い旅館に宿泊。旅館も仲居も綺麗で料理もうまく満足。朝から清洲城へ。月曜は休み。入れなかったが時間短縮にちょうど良い。整備された公園で信長と濃姫の像を眺める。終わりに侵入する今川義元に現代伝えられるほど信長が自信を持っていたわけではあるまい。出陣時には高ぶっていたはずだ。日吉神社に立ち寄って、名古屋城へ。

復旧進む名古屋城の本丸御殿
名古屋城は博物館だ。戦時に空襲で建屋が全て炎上したらしい。天守閣は再建し、各フロアは原形を留めず、展示物で埋め尽くされている。1フロアで「天下人への道」なる期間限定の展示。信長、秀吉、家康の動静を年代順に伝える。じっくり魅入ってしまったが、通説を覆す近年の説も取り込んでいる。桶狭間の合戦では、迂回して崖を駆け下りて急襲したのではなく、正面から東海道を東進した結果、偶然義元本陣に出くわしたというものだ。義元の先陣がすでに丸根・鷲尾砦を陥落していたことを考えれば、それなりの説得力がある。本丸御殿も一部公開されている他、金具を使わない木材の切り出しや組立も見学できるのが良い。

義元の墓
熱田神宮。絶望的状況の信長もやはりかみだのみだったということか。それにしても広い。桶狭間の古戦場跡はわずか30m四方ほどの小さな公園だ。場所には諸説あるが、義元最後の碑や墓石が所狭しと並ぶ。2桁違いの圧倒的兵力を持ちながら破れた義元の無念と、雷雨や本陣に一直線に出くわした強運とはいえ破った信長の高揚とを同時に偲ぶ。今川についていた家康が難なく手に入れた岡崎城も見て回るが、江戸期以降の説明が多く、あまり興味が惹かれなかった。