2015年8月14日金曜日

旅行雑録 8月11日分 安土城

8月9日~13日の旅行写真はFBに逐次Up。ここでは載せきれなかった写真を記録しておこう。

8月11日(火)は難波を出て滋賀県安土を初訪問。信長くんと対話しながら巡ると見応えある安土城址。


大手道を見上げる。これほど長い直線は珍しい。信長は天皇の行幸で使うつもりだったとか。普段使われていたのは総見寺側の参道だ。
 前田利家くんちの跡。秀吉くんちと向かい合う。ともに大手門入ってすぐ。つまり山の一番裾。
織田信澄くんちと森蘭丸くんちは本丸への黒金門のすぐ近くに。利家くんや秀吉くんよりも格がずっと上なのだ、このころは。
仏の足をかたどった石
この写真では、なぜこの山なのかわからない。眼前の田んぼは昭和になって埋め立てられたもので、当時は琵琶湖の一部だったと知るとわかる。
安土山は三方を琵琶湖水に囲まれたいわば安土島と呼ぶべき天然の要塞だったのだ。
天主跡から信長廟を見下ろす。
天主の周囲には本丸以外にも至る所に櫓などがあったようだが、調査は進んていない。
天主跡から本丸跡を見下ろす。本丸は京式の御殿をしつらえ、そこに天皇を迎えるつもりだったらしい。信長は天皇を見下ろすつもりだったのだ。少なくともそうと世間に知らしめるつもりだったのだろう。
総見寺が所有しているので、観光地としての整備は全く進んでいない。一方、それだけに石垣などは当時のものがそのままらしい。
信長廟。本能寺では骨が見つからなかったというから、何を埋めているのか。
一番右が織田信雄の墓。
 総見寺の山門を見下ろす。
山門にある仁王像。この道を通って、庶民は総見寺本殿にお参りした。その本尊は信長自身だったという。神になる、またはなったつもりだったのだ、信長は。

1992年のスペイン万博出展に向けて復元された天主閣の5-6階部分。原寸大なのと、釘を一本も使わず組まれている点が、すごい。